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『自分の地域をつくる―ワーク・ライフ・プレイ ミックス』編集後記

エディターズブログ 2021.01.18 (月) 9:48 AM

 

 出会いのきっかけは何処に転がっているか分からないと、このとき以上に感じたことはなかった。

 

 

 2019年1月23日(水)。

 いつもどおりに新聞の朝刊を開いて眼を通していたら、地方欄(東京版)に、奥多摩町の企業で営業部長を務める男性のインタビュー記事が載っていた。

 

 まだ31歳。自分より5歳も若い。それなのに、記事を読んでいると、不思議な落ち着きと老成した雰囲気を感じさせる。

 

 

 学生時代にサークル活動の一環として奥多摩へ足を運ぶようになり、人と自然が共存する姿に魅せられて卒業前に移住。起業し、空き家を活用した週末移住のコーディネートなどを手掛けた。

 

 でも、とある事情から実家の神奈川県小田原市に戻ることになり、その1年後に縁あって再び奥多摩へ。

 

 今は、奥多摩の林業を通じた地域再生ビジネスに取り組み、保育園や幼稚園向けの遊具生産や木育活動が事業の中心だという。

 

 

 こちらは同じ東京でも、ほぼ東の端にある葛飾区に住んでいるのに、そのときまで、総武線と中央線と青梅線を乗り継いでいった反対側、西の端に奥多摩という町があることさえ知らなかった。

 

 でも記事を読んだとき、この人を自分は探していたんじゃないかと、直感的に思えた。

 

 

 

 

 本の企画を立てるとき、まずは、ひたすらその人のことを調べる。

 

 数少ない情報の中から、彼の卒業した法政大学のサイトにもインタビュー記事を見つけた。その記事と、最初に眼にした新聞記事には通底するものがあって、「継続性のあるビジネス」をつくり出していくことを重要視しているのに気づいた。

 

 

 地域活性化というとどうしても、「お金を稼ぐ」ことよりも、利益を第一としない考え方やボランティアの心が先に立つように思えてしまう。

 

 でも菅原さんは、自分自身の起業で一度挫折を経験していて、地域の人たちの期待に応えられなかったという苦い過去がある。そうはならないため、現実的で、地に足の着いた手段で収益を上げていくことの重要性を、誰よりも認識している。

 

 そこには、「お金儲け」を第一に据えたビジネスではなく、「持続可能」なビジネスで地域に仕事を生み出し、そうすることが結果的に地域の活性化につながっていくという思考がある。

 

 

(このあたりは、実際に接していくなかで気づいたことでもあるけど、菅原さんの中にはローカルの最前線で新しい価値をつくり出そうとする自分と、一方で最先端のビジネスを志向する自分の両方が、自然と混在しているようにも思う。そんな、何処か両極端なマインドが備わっているところは、菅原さんの不思議な魅力の一因だと感じている)

 

 

 

 

 菅原さんに手紙を送り、2019年2月から奥多摩に足を運んで何度も話し込んだ。

 

 その場所は、鳩ノ巣にあるカフェ山鳩だったり、奥多摩駅の改札を出て2階にあるPort Okutamaだったり、彼の勤める東京・森と市庭の事務所だったり。

 

 そうしていくなかで思ったのは、「何処にでも菅原さんの知り合いが居る」ということ。お店の人だけでなく、たまにすれ違う人、カフェの一角で何やら作業をしている人も、「どうも」と挨拶を交わす顔見知りだったりする。

 

 それが、人口約5000人の小さな町だからという理由ではなくて、彼が大学1年生だった2006年から築いてきた関係性によるものだと、だんだんと気づいていった。

 

 溶け込み過ぎているぐらいに溶け込んで、町の一部になって、でも本人はそれを特別なものだと意識することもなく、肩肘張らず当たり前に生きている。

 

 

 菅原さんと町の人たちの距離感を眼にしたとき、この本で奥多摩のことをどう伝えられるのかを、意識するようになった。

 

 そもそもの出発点として、奥多摩を観光できるような、お土産になるような本にしたい、という話はあって、次第にその方向性は薄れていったけれど、本の随所に差し挟んだCHECK POINTという記事は最後まで残した。

 

 その記事は、菅原さんと特に縁の深いお店や場所を紹介したもので、本を読んだ人が実際に足を運べるようにと記したもの。どれ1つとっても欠かすことのできない、菅原さんと奥多摩をつなぐ「よすが」みたいなものだ。

 

 本としてのコンセプトは移り変わっていっても、今改めて考えてみたら、この本はあらゆる「出会い」をもとに成り立っていることに思い当たった。

 

 あの人に出会わなければ、あの場所を訪れなければ、今こうして奥多摩に暮らし続ける菅原さんも、その本づくりに関わることになった「私」も存在しなかったかもしれない。

 

 菅原さんが出会ってきた場所を記録にとどめておくことには、大切な意味がある。それが地域に生きるということでもあると思う。

 

 

 そして、2年前まで奥多摩という町の名前さえ知らなかった「私」にとっても、奥多摩はもう大事な地域に変わっている。

 

 ただ数回訪れただけで、何を知っているわけでなくても、自分が伝えられる奥多摩の価値を、感じられた限りの形として詰め込んでおく。

 

 編集をする側としては、時間が経つほどにそのことを意識するようになって、だからこの本は菅原さんの本でもあるし、奥多摩という地域を知ってもらうための本にもなった。

 

 

 

 

 だから、これからこの本を手に取る人には、菅原さんの歩みを辿る過程で、奥多摩という地域に出会ってほしいと思っている。

 

 その出会いが、読んだ人に、また新たな出会いをもたらすきっかけになると信じている。

 

(本の種出版 秋葉貴章)